今井町公民館 ー「ミチコオノ日記」読者集会所ー

旧称:「ミチコオノ日記」読者日記もしくは私的ファンサイト

日報(2017.11.7.)および (番外)「創造の穴 通り抜けフープ」第一印象と感想

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「ミチコオノ日記」の作者の人は、はてなブログの無料会員向けのサービスをフルに使い、現在3つのブログを運営している。ひとつは、ここの読者の方なら誰でもご存知、美術部と書道部の部長をやってる中学3年生の女の子のリアル絵日記という「てい」でここまで描き継がれてきた、「ミチコオノ日記」である。
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2つ目は、そのミチコさんの美術部の先輩にあたる今井中OGの大関いずみさんが、中学校3年間における自分の作品を公開しているという「てい」で運営されているブログ「大関いずみ作品集」。果たしてこの「読者日記」の読者の中には、その存在を既に知っているという人がどれだけいるのだろうか。
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そして3つ目は、作者の人が今まで特に「設定」を施さずに純粋な創作メモとして運用してきた感がある「バレエ・モッシュピット」。あまり、人に見せることを前提にして描かれたとは思えない作品前的な作品が、雑多に陳列されている感じのブログである。そこがまあ、時としては作り込まれた作品より遥かに面白い。
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ちなみに私ことナギ-クロトワ-純平も、ブログを3つ運営している。ひとつは、自分が今までに出会ってきた古今東西の世界中の歌をひたすら現代日本語に翻訳することに命をかけているブログ「華氏65度の冬」。
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2つ目は、歌の翻訳作業を進める中で、中国、朝鮮半島ベトナムの諸言語については、それぞれの地域における漢字の読み方をマスターするだけで労せずしてかなりのところまで「ペラペラ」になれるらしいということが分かってきたことから、一念発起して立ち上げた学習ノート代わりのブログ「中朝越日 漢字の読み方」。ただしこのブログに関しては、最近ほとんど更新できていない。
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そして3つ目が、現在みなさんのご覧になっている「ミチコオノ日記読者日記もしくは私設ファンサイト」。無料会員には3つしか作れないブログ枠のひとつを丸々「ミチコオノ日記」の作者の人のために提供してあげているのだから、世の中の人たちは当然向こうも自分のブログをひとつつぶして「華氏65度の冬 鑑賞日記」的なブログを立ちあげることでそれに報いるのが筋というものだろうと憤っておられることが容易に推察されるが、別に私は全然そういうことを求めたいとは思わない。毎回毎回「ナギさんは素晴らしい」ということしか書かれないようなブログなんて、読んでもつまらないからね。
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今回「ミチコオノ日記」の作者の人は、「ロケハン」という「作者自身の日常」を、初めて我々読者の前に提示してきた。そしてそれを「バレエ・モッシュピット」でなく「ミチコオノ日記」の本編でやってみせたということに、私は作者の人の、ある種の「決断」を感じた。

今にして思えば遠い昔のような気がするが実はまだ一ヶ月も経っていない先月の10日、私が初めて「ミチコオノ日記」と出会った時には、「中学3年生のオノミチコさん」の目を通して語られることが、作品世界の全てだった。作者の人は、全くそのナマの姿をさらすことはなかった。だもんで私は、少なくともそれから数日間は、「これは本当に中学3年生が書いているリアルな絵日記なのではないだろうか」と、半分本当に信じ込んでいたぐらいだった。

ファンサイトを始め、作者の人とも直接やり取りを交わすようになった今となっては、さすがにもうあの人が現役中学生の女の子であるとは、あまり思わない。ただし本編以外のコメント欄とかそういうのまで含めたあの人の作品世界において、「そうではない」ということはいまだ一度も明言されていないのだから、現役中学生ではないとも今のところ、言いきれる材料がない。しかし作者の人本人も明らかにしていることとして、「オノミチコさん」や「今井町」は飽くまでフィクションの存在であり、作者の人はそのフィクションの中の存在に仮託する形で今まで「自ら」を表現してきたわけである。それが今回、「自分自身をダイレクトに語る」という表現形態に、作者の人は初めて踏み込んできた。このことは、私が「ミチコオノ日記」と出会った先月10日から現在に至るまでの間に、作者の人の中に起こった「心境の変化」を、反映しているのだと思う。

それが「いい変化」なのか「悪い変化」なのか、私には何とも評論のしようがない。

作者の人が全然姿を現さなかった1ヶ月前の方が「ドキドキしながら読めていた」ということは、私の場合、言える。これから「ミチコオノ日記」の読者になる人にも同じ「ドキドキ」を味わってみて欲しいという気持ちも、私の中には、ある。しかしそんな風に「他人の作品に自分好みの演出を施したくなってしまう欲求」というのは、考えものだと思う。

大体「演出」って一体何なのか。「自分で自分を演出する」という行為すら、言いようによっては「ウソをつく」という行為と何も変わりはしないのだ。まして「自分が他人に演出を施す」ということは、場合によっては「自分の好みだけを基準にして他人にウソの人生を送ることを強要すること」以外の何ものでもありえない。自分の感受性によっぽど自信を持っている人ならそういうことも平気でやれるのかもしれないが、少なくとも私自身は、自分がそんな風に他人の人生に土足で踏み込んでいい人間だとは、全然思わない。

だから、少しずつ変わり始めた「ミチコオノ日記」、少なくとも当面は、「見守る」しかないのだろうと私は思っている。間違いなく言えることとして、今の作者の人は自分がそんな風に「変われた」ことを、「よかった」と思っているはずなのである。そのことは、尊重されねばならないと私は思う。

ただし、だからと言って「ガラスの宇宙をかっとばせ」をどうしてもやりたいのだということであるならば、「モッシュピット」を潰してそこでやれと、私個人は今のところ思っているわけではあるのだけどね。

ちなみに、作者の人が「ミチコオノ日記」を書き始めた際に「主題」にしていたと思われるテーマが綴られていた第2話のエピソードは、その後「大関いずみ作品集」の中で、ひっそりと完結している。私を含めたいろんな読者との出会いの中で、作者の人にとってのテーマそれ自体が「変わった」からなのだという、意味のことを、本人からは聞いている。
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今までは「作品だけで勝負する」というスタンスを取り続けてきた作者の人ではあるけれど、それにとどまらず言いたいことや描きたいことがどんどん湧いてきているのが、今のあの人の日常なのだろう。

何なら、直接この場で吐き出してもらっても構わないんですぜ、と私は思っている。そのためのファンサイトというものだろうと思う。

唯一の注文としては、「作品世界は大切にしてほしい」ということである。宇宙人を出すなら出すで構わないけれど、それなら本気で作品世界の中に宇宙人の居場所を作れるよう、努力してみてもらいたいものだと思う。犬を拾ってくるなら最後まで面倒見ないとダメ、というのと、ある意味では同じことなのだ。そしてそれを本気でやりきろうと思ったら、当然のことながら現実世界で本当に宇宙人と衣食住を共にするくらいの「苦労」が、必要になってくるはずである。

まあ、やれるもんならやってみてほしい。

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