今井町公民館 ー「ミチコオノ日記」読者集会所ー

旧称:「ミチコオノ日記」読者日記もしくは私的ファンサイト

日曜日のメモワール もしくはみなさまへのごあいさつ


fukaumimixschool.hatenablog.com

Come as you are, as you were
As I want you to be
As a friend, as a friend
As an old enemy
Take your time, hurry up
The choice is yours, don't be late
Take a rest as a friend, as an old memoria

おまえのままで
来てくれたらいい。
おまえだったときのままで
来てくれたらいい。
おれがおまえに
そうあってほしいと
思うようなおまえとして
来てくれたらいい。
友だちとして来てくれたらいい。
友だちとして来てくれたらいい。
かつての敵として
来てくれたらいい。
自分のペースでいい。
て言っか急げ。
選ぶのはおまえだ。
でも遅れるな。
友だちとして
休んでくれたらいい。
古いメモリアとして
…わからない?わかれよ。
ラテン語で「記憶」と言ったのだ。
そのメモリアとして

休んでくれたらいい。


Nirvana "Come as you are" 1991.ー

昨日「In Bloom」を翻訳して、ちょうど次に「華氏65度の冬」で取りあげる予定になっていたニルヴァーナの曲が、この曲だった。こちらの記事より早く完成させて、訳注など一切つけずにバシッと公開して、こちらの記事にはリンクだけをさりげなく貼りつけておいたりなんかしたら、どんなにかカッコよくキマっていたことだろうと思うけど、そう上手くは行かなかったし、訳注だってつけないわけには行かないと思う。はてなブログでの私の「本業」は、あくまで「うたを翻訳するということ」なのである。

カート·コベインという人が自ら命を絶って23年もたってから、私がようやくニルヴァーナというバンドに出会うことができたのは、「ミチコオノ日記」を通じて出会った作者の方やリリさんのおかげであり、渋谷陽一山崎洋一郎を通じてでは断じてなかった。そんな幸せな出会い方ができたことを、私は死ぬまで感謝し続けることだろうし、本当に「待った甲斐」があったと思う。音楽とも人とも結局は「出会い方」が全てなのであって、それだけはどんなに真面目に生きていようとどんなに技術を身につけようと、人間の意志ではどうにもならないことなのだ。



最初は書道部だから「小野道風」で「オノミチコ」なのかと思っていたのである。全然、関係はなかったみたいだが、私はいつ、その秘密が解き明かされるのだろうかと思っていた。「オノミチコ」という名前が最初からカタカナだった時点で、そこに何らかの秘密があることは、分かっていた。

「ミチコオノ日記」に集まる人たちには、「言葉が好きだ」と言葉にして言える人が多い。でもカート·コベインと同んなじように少しだけひねくれている私が一番好きなのは、「言葉にされないこと」なのかもしれないと、自分では思っている。

ちなみに「自分は暴力に反対する」ということを主張したいがために「私は言葉の力を信じている」みたいなことを聞かれもしないのに強調する人って割かし多いが、何を言ってるんだろうかと思う。

言葉は暴力なのだ。

そのことにも気づかずに「言葉という暴力」をあたり構わず振り回している人間から、「暴力は許せない」みたいな言葉を聞かされるほど、うすら寒い気持ちになることはない。

私は自分の言葉が「暴力」であることからは、逃げられないと思っている。結局はその暴力を誰に向けて何のために使うのかという問題であり、「自分の自由になること」はそこにしかないのだと、人生のある時点からは、思い定めている。

そういう気持ちで言葉と向き合うのは、とってもつかれる。だから、ともすれば「自分は言葉にされないことの方が好きだ」という気持ちになるのかもしれないと思う。

しかし「言葉にされないこと」の姿は、「言葉にされること」がなければ、何も見えてこない。

だから「一周まわって」やっぱり自分は言葉が好きなんだろうなと、最近では思うようになっている。「最近」とは、私が「ミチコオノ日記」と出会って以降の話である。

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ところであんたは最初、私のことを「クロトワ」と呼んだのではなかったか。いつから「クロトア」になったのだ。

私はそういうことに、割とうるさい。

でもまあ、分かるからいい。

「ミチコオノ日記」の作者の人を、本当に中学三年生の女の子かもしれないと思っていたのは、私だけだったのだろうか。「開設にあたって」で書いた通り、ちょうど一ヶ月前の10月10日に初めて私が「ミチコオノ日記」と出会った時、私の前にはあのブログにはまだ10人しか読者がいなかった。けれどもあの時点ですでに「ミチコオノ日記」の読者になっていた先輩のブログ書きの皆さんは、誰しも何%かは、「これは本当に中学生が書いている日記なのではないか」という気持ちを、心の中に持っていたのではないかと思う。

そこに綴られていた世界が、あまりにもピュアなものだったからである。

自分が書いたジョンレノンの「working class hero」の翻訳記事を通じて知り合って以降、私はほぼ毎日、お互いのコメント欄を通じて、作者の人と言葉を交わすようになった。あの人は最初から、あんな感じだった。言葉から年齢を類推することは、難しかった。

ただ、心の成熟度みたいなものがものすごく高いことを感じさせられる一方で、おそろしく世間知らずな人らしいということは、少し話しただけで分かった。そしておそろしく簡単に人を信じてしまう人らしいということも、また分かった。初対面に近い私に対して、心の一番深い部分にあることから話し始めるあの人の相手をしながら、私は内心ハラハラしていた。どうして今どき、ネットで出会った見知らぬ人間に対してこんなに簡単に心を開いてしまえる人がいるのだろう。あなたが話しているその相手であるこの私は、実はものすごく邪悪な心を持った中年男性なのかもしれないのだよ。

幸いに私が邪悪な人間でなかったとしても、邪悪な人間は他にいくらでもいるものだということを、私は一応、知っている。何よりも、こんなとんでもない作品をこんな不器用なやり方でネットに上げている人の存在がもし世の中に知れたら、この人の才能を利用したり、そこからカネを引き出そうとするような人間が、ワンサと群がってくるかもしれない。そしてこんなとんでもない作品がいつまでも世に知れないままでいることなんて、あるはずがない。そうなった時にこの作者の人は、どうなってしまうのだろうと私は思った。

さらに心配なことには、この作者の人は人からホメられるのが大好きな人であるらしかった。邪悪な人間がそのことを見抜いて、猫なで声で近づいてきたりした日には、この人はひとたまりもなくそいつらの食い物にされて、潰されてしまうのではないかと思った。人からホメられるということほど怖いことは、世の中、他にないのである。そんなことにも気づかずに、ホメられたらホメられただけ大喜びしているこの人の姿が、私は歯がゆかったし、幼くも見えたし、けれどもどこか、眩しいとも感じていた。

「ミチコオノ日記」と出会ってからこの「読者日記」を立ちあげるまでの一週間の間に、私は「華氏65度の冬」の本編で8本の翻訳記事を書いているのだが、当時の私がいかにその「出会い」に夢中になっていたかということが、読み返してみると改めて思い出される。私は私で、「ミチコオノ日記」の作者の人のような素晴らしい才能と感性を持った人が、自分のブログを見つけてくれてしかもそれを真面目に読んでくれたということが、うれしくてたまらなかったのである。

213 Tell All The People もしくは史上最低のフォローミー (1969 The Doors)
214 I Will Follow もしくは私がついています (1981. U2)
215 Joshua Fit the Battle of Jericho もしくはジェリコの戦い (19c African-American spiritual)
216 With God On Our Side もしくは神が味方についている (1963. Bob Dylan)
217 My back pages もしくは彼氏の裏面 (1964. Bob Dylan)
218 The Marriage もしくは何て言ったらいいんだ (1986. Billy Bragg)
219 Sexuality もしくは性別もしくは性差もしくは性機能もしくは性的特質もしくは性的関心もしくは性的指向もしくは性的能力もしくは性衝動もしくは性欲もしくは性行動もしくは性行為もしくは性的耽溺 (1991. Billy Bragg)
220 Ideology もしくは自由の鐘 (1986. Billy Bragg)

物語が第14話まで進んだ時点で、私は作者の人のことを中学三年生の女の子だとは「ほぼ」思わなくなっていた。それまで「本当の日常を綴った文章」なのかもしれないと思わせる余地を含んで展開されてきた物語が、実は「綿密な計算をもって創作された表現」だったことが、そこに来てようやくハッキリしたからである。それでも上に列挙した当時の「華氏65度の冬」の最後の記事に書いたように、作者の人が現在30代後半の私より一回り以上「若い」人間に違いないということは、作品を読む中でも、コメント欄で言葉を交わす中でも、私がずっと感じ続けていたことだった。自分と同世代の人間が、こんなに瑞々しい感性を持っていることなどありえないと、心のどこかで決めてかかっていたからだと思う。

そして同様に、作者の人が女性であることも、8割から9割は間違いないだろうと考えていた。「男がこんな感性を持っているはずがない」と、やはり思い込んでいたからだ。

結局、それは事実においても、偏見にすぎなかったわけだし、もともと私はそういう偏見を大嫌いだったはずではあるのだが、いざ現実を前にすると自分の中にはやはりそういうのが深々と根づいていたのだなということに、今さらながらタメ息をつかされている。

この「読者日記もしくは私的ファンサイト」を立ちあげることを決めたのは、「ミチコオノ日記」が作者の人が自分自身を表現するために創作しているフィクションであることが誤解の余地なく明らかになった、あの14話の時だった。「自分を表現しようとしている人間」には「鏡となるべき存在」が絶対に必要なのだということを、私は分かっていたからである。それなら自分がその「鏡」になりたいと、私は思ったのだ。

私と同じようにそのことを熟知しているプロの編集者や、出版業界の人間なんかに先を越されて、作者の人にとっての「鏡」の座を奪われてしまったなら、「ミチコオノ日記」という作品は絶対、ほしいままに搾取されて、台無しにされてしまうだろうと思った。また作品の成熟度とは裏腹に世間のことを何も知らないと思しき作者の人が、信用すべきでない人間を信用してしまって、傷つく姿を見たくはなかった。

…などと書いたらあたかも私が「正義の味方」みたいで、かつ「信用に値する世にも稀なる存在」ででもあるかのような話になるが、実際には私だって、あんなに素晴らしい才能を持っている「ミチコオノ日記」の作者という人を、その才能ごと「独り占め」にしてやりたいという、美化することも正当化することもできない欲望を持っていなかったかといえば、ウソになるだろう。まして私はあの人のことを十中八九まで、女性だと思い込んでいたのである。

それでも私はあの作者の人を「利用の対象」にしたいと思ったことは一度もないし、誰にも利用させたくないと思った。それだけは、胸を張って言えることだと思っている。

相手のコメント欄が承認制になるのを待って、と言うかそうするように「アドバイス」した上で、連絡先のメアドを送りつけたのは、こちらの側からだった。まだ一応30代だけど、その時は半分ぐらい、自分に「ヒヒじじい」の自覚があったということを、正直に付記しておかねばならないと思う。

作者の人からは、すぐに返事が来た。けれどもそのメールの発信者名のところに書いてあったのは、男性の名前だった。

私は別に、驚きはしなかった。そういう可能性も、考えてはいた。でも「女性だと思ってました」とかいうことをこちらから言っては、絶対にいけないような気がした。男の身体と男の名前を持って生まれて、男として育てられてきた人でも、性自認が女性であるというような人は、世の中にいくらでもいる。ただし今まで私はそういう人とは、テレビの中でしか出会ったことがなかった。もし自分がいま言葉を交わしている相手がそういう人だったとしたら、この人は一度も会ったことのない私のことを信用して、「本名」を明かしてくれているわけである。自分はその信用を裏切らないように、ちゃんと対応することができるだろうか。私が最初に考えたのは、そんなことだった。

…つまるところ、「男にあんな作品が書けるわけがない」という私の偏見は、それぐらい強固なものだったということなのである。だから相手から男性の名前でメールが送られてきてもなおかつ私はその人が「男でない可能性」にこだわっていた。このこと自体も、結局、偏見だと思う。でもその時の私は、とにかく、そんな風に思ったのだった。

ところが相手の人からは、その直後、「げ。これ、名前入ってませんか?」という、明らかに狼狽しきった感じのメールが送られてきた。どうやらその人も最初は私に本名を明かすつもりなど全くなかったのに、メールというものの仕組みがそうなっていたものだから、完全に「事故」として、こちらに本名が伝わってしまったらしいということが分かった。

自分が落ち着かなければならない、と私は思った。「入ってますね。名前。ということはこちらの名前も入っているのかもしれませんが、別に知られて困る名前でもないので、まあ、よしとします」と返信して、つとめて何でもない風を装った。何でもないことは、ないのである。つまり私は、ウソをついたのである。でもその時の私には、そうすることしかできなかった。そして、その人の気持ちとは無関係にその人に関する個人情報をどんどん勝手に撒き散らしてしまう近年昨今の情報システムの恐ろしさというものを、改めて思った。

作者の人は、開き直るしかないと覚悟を決めたのだろう。私よりももう少し白髪の多い長髪の男性が、チョケた顔をしてこちらを見ている写真が、「ミチコの正体です。よろしーく」というキャプションを添えて、送られてきた。ちなみに「チョケた」というのは、相手の主観としてではなくこちらの主観から見て「ふざけているさま」を表現する、関西方言です。

そしてその後に送られてきたメッセージには、「実は私、獅子座の女性と知り合うのは、生まれて初めてなんです」という言葉が、やや緊張した感じで綴られていた。

「このおっさん、俺のこと、口説く気やったんや」、と、私は自分の地の言葉で思った。

そして、自分にとって今までずっと「神秘の人」だった「ミチコオノ日記」の作者の人が、実は「自分と同じような男」だったのだということを、その時になってようやく私は理解することができた。

2017年10月23日のことだった。

…以上が、あの人と私の出会いの顛末である。心ならずもそういう形で「本名」を知ってしまった以上、オノさんと呼ぶこともミチコさんと呼ぶことも白々しい感じがして、どうも私には呼びにくい。結局このブログの上では「ミチコオノ日記の作者の人」で押し通すしかないのではないかと考えている。少なくとも、今のところはね。



今回の記事の一番上に貼りつけた、松田類さんと並んで立っているメガネの男性の画像は、私が作者の人に今日の記念として「私の似顔絵を100%想像だけで描いてみてほしい」とリクエストしたところ、送ってきてくれた作品である。ちなみにこの文章の真上のボーイッシュな金髪女性の画像は、カワセリリさんの想像図だとのこと。あの男(と呼ばせてもらう)は私「も」リリさんのファンであるということを利用して、おそらくは自分の一番描きたいものを、描きやがったのだな。そりゃあの人自身のブログには、載せにくい画像だろうさ。

私の似顔絵はというと、実は、気色悪いぐらいよく似ている。だから作者の人から「思いきり美化してやったぞ」と言われても、全然美化されてる気がしない。むしろすんげー、イヤなやつに見える。

私は一言もそういう話をしたことがないのに、どうして作者の人は「メガネ」をつけたのだろう。確かに昔の私は、メガネをかけていた。でもあの似顔絵みたいにキツい顔になるのがイヤで、もうだいぶ前に、コンタクトに変えたのだ。だから私はその「イヤな顔」を自分自身、久しぶりに見てしまったことになる。

あの作者の人はやっぱり、「本物」だな。

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11月12日のPV数は83。読者数は現在67名様。昨日の日曜日をもって晴れて作者の方から私はその任務を解除されたので、「日報」は今回を最後にしたいと思います。今後は文字通り私自身の「読者日記」として、好きな時に好きなことを好きなように書かせてもらうことにするつもりです。

短けえ夢だったが、楽しかったぜ。
起きたら世界が変わってたよ。

ではまたいずれ。ミチコさんと土さんとシミズカズエさんの未来にサチ多からんことを、みなさん、共に願いましょう。

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