今井町公民館 ー「ミチコオノ日記」読者集会所ー

旧称:「ミチコオノ日記」読者日記もしくは私的ファンサイト

ミチコスピンオフ「踊るアンダーグラウンド」にまつわるエトセトラ

fukaumimixschool.hatenablog.com
この記事に出てくるカワセソリさんのモデルとおぼしき、関東某県在住のid:riri_kawaseさん(聞くところによると20歳)から、お便りを頂きました。

ナギさんへ。

以前ナギさんがみち子のことを『世間を知らない純真な人で、邪悪な人に悪用されるのを心配した』みたいに書いていましたよね?

私も最近、強く感じています。

あの人、私よりもぜんぜん大人なのに信じられないくらい純真すぎて、心配になります。

そして、私はナギさんが考えていた邪悪な側の人間です。

自分で自分のことがイヤになるくらい邪悪です。

Yahoo!知恵袋を利用していた時に、私は何千人、何万人、何十万人もの人を傷つけるような質問を5年近くもつづけてきました。

親への憎しみ、学校への憎しみ、そういった憎しみをYahoo!知恵袋を使って毎日発散していました。

私はぜったいフツーではありません。

心の異常者です。

だから、自分からは誰にも近づかないようにしてきました。

読者登録も、ファン登録も、お気に入り登録も、誰ともしたことがありません。

自分がいつ、ろくでもない人間になるかわからないからです。

みち子みたいな純真な人が近づくことがあってはいけないんです。。。

どうするのが良いのか、わかりません。

どうしたら良いんでしょうか?

勝手な相談、ごめんなさいm(__)m。

…ちなみにお便りを頂いたのはこのブログに対してではなく、私がやっている「華氏65度の冬」という歌詞対訳ブログのこの歌の記事のコメント欄でした。なぜこの曲だったのだろうということにもかなり考えさせられるところがあったのですが、とりあえず、渋い趣味をしてらっしゃいますね。
nagi1995.hatenablog.com
それで、まあ、私は私で自分なんかに人の相談に答えられるような中身があるのだろうかということについて自問自答している次第なのですが、こういうブログの管理人をやっている責任というものもありますし、できるだけザックリ答えさせて頂くことに致しましょう。

リリさんあなたはいろんな面で間違っていると思います。

まず第一に私は「ミチコオノ日記」の作者の人を「世間知らず」だと書いたことはあるけれど、「純真だ」と書いたことはないはずです。「作品世界がピュアである」とは書きました。しかし本人に対して「純真」という言葉を使ったことはありません。

むしろ本人の実態は単なるエロオヤジであると私は認識しております。

「エロオヤジ」であるということは「邪悪」であるということです。世間知らずなあの人が他人にだまされて才能や財産を搾取されてしまうようなそういう局面においては、あの人が「被害者」となるケースもありえましょう。しかし「エロオヤジ」であるという側面においては彼氏は普遍的に「加害者」の立場に立っているのであり、不幸にもそのエロい情熱の対象にされてしまった女性の皆さんの側には何らの「罪」も存在しないのだということをまず確認しておかねばなりません。

実際あの人は、自分がちょっと絵が上手いのをいいことに、「はてなブログ」の女性ブロガーの皆さんに対してどれだけ好き勝手に声をかけまくってることでしょうか。今、上野の森美術館で「怖い絵」展というのをやっていますが、今日び昨今のあの人の姿を見るにつけ、私はその「怖い絵」の著者の人がピカソについて書いていたことを思い出します。

ピカソという人は街で行けてる女性を見かけるたびに「私はピカソなんだけどモデルになってくれません?」という掟破りなやり方でナンパを繰り返し、相手の自尊心をくすぐって貢がせ、しかる後に飽きれば次から次へとこれを捨て、結局一人の女性をも「幸せ」にすることなく一生を終えたのだと言うのです。そういう人間が描いた絵が「美しい」ということこそ一番「怖い」ことなのではないかというのが、「怖い絵」という本を読んで私が一番強く感じたことでした。

「ミチコオノ日記」の作者の人も同じだとまでここで言い切るつもりは私にはありませんが、「放っとけばそうなる素質」を充分に備えた人であるということは、客観的事実として踏まえておかねばならないと思います。なればこそ、「あの男」を甘やかしてはならないと、当初獅子座生まれの女性と勘違いされて口説かれかけた経験を持つ私は強く思うのです。

その彼氏のことを「純真」だと信じ込んで本気で心配してあげているリリさんこそ「純真」な人だと私は思います。「純真」であるということは、だまされたり傷ついたりする可能性や必然性を持っているということです。私が見る限り、あの作者の人とリリさんとの関係において「傷つく可能性」はリリさんの側にだけ存在しているものであり、あの作者が「リリさんによって傷つけられること」などは、地球が終わってもありえません。

な。(←その作者へ)

第2にリリさんは「自分は邪悪な人間である」と書いていますが、あなたは邪悪な人間ではありません。邪悪な人間というのは自分が邪悪な人間であることを絶対に認めないからこそ「邪悪」であるのです。自分の中に「邪悪な部分」があることを認識しそれを嫌悪しているあなたは、既に「邪悪な人間」ではありません。少なくとも「悪を愛する人間」でないことは、客観的にも明らかです。

第3に「自分がいつ、ろくでもない人間になるかわからない」と書いておられますよね。ということは今は「ろくでもない人間ではない」ことを自分でも分かってるということですよね。だったら、「ろくでもない人間」になってしまわないように、今から気をつけておけばいいというだけの話なのではないでしょうか? あんなヒヒジジイのためにそこまでしてやる値打ちがあるとは私にはあんまり思えないけれど、あなたがミチコと呼ぶ人のことをあなたが本当に大切に思っているのであれば、その人のためにも「ろくでもない人間」になってしまわないよう頑張るということは、何も難しいことではないと思います。

「ろくでもない人間」に「ろくな人間」になれと、無茶なことを言ってるんじゃないんですからね。今のあなたは「ろくでもなくない」のだから、「何も変わる必要はない」のです。

簡単でしょ?

第4に「私はぜったいフツーではありません」と書いておられますが、私はフツーでない人、好きです。フツーであろうとする意識の強い人と話をしていても、何も面白いこと、ないです。多分あの作者の人も私と同じようにフツーでない人が好きなのです。そこはもう、あきらめてください。

第5にあなたは自分のことを「心の異常者です」と書いておられますが、それは差別です。

自分のことについて書いたことであっても、それは差別です。

どんな「心」を持っていても、そのことを理由に排除されたり排斥されねばならない人間など、世界には一人もいません。人間として間違ったことをしているのは100%、排除したり排斥したりする側の人間たちです。

あなたが自分のことを「心の異常者」であると決めつけて、それで落ち込んだり自己嫌悪に陥ったりするのは、自分が「心の異常者」であると見なした人たちへのあなたの偏見がそれだけ強いからなのだと私は思います。その人たちを排除したり排斥したりすることを「正しい」ことだと思っているから、自分のことまで排斥しなければならないという「間違った正義感」にとらわれてしまうのだと思います。

その感覚だけは改めてほしいです。

最後に、Yahoo知恵袋でリリさんが「ジャーナリスト活動」をやっていたということについて、私は詳しいことをまだ知らないのですけど、私が今まで聞いた限りでは、リリさんは本当に「自分が分からないこと」を「質問」していただけだと思います。その質問に腹を立てる人もいたかもしれませんが、分からないことは、聞くべきです。最初から「質問」を装って誰かのことを傷つける目的で投稿していたのでない限り、リリさんは「邪悪」なことは何もしていないはずだという印象を、私は持っています。

その上で、いつか書いておられた「どうして人を殺してはいけないんですか?」という質問にあえて答えるなら、私は「誰を殺したいんですか?」という質問を返す他ありません。

それによって、答えは変わってくるからです。

でも、本当に具体的にそういう話をネットで始めると、あなたのブログも私のブログも潰されてしまうので、別に答えてくれなくて構いません。くれない方がいいです。

…そういう風に人のブログを抹殺の対象にするということも人殺しと何ら変わらないのではないかと私は思うのですが、そういうことを平気でやれる人たちというのは、いろんな理屈をつけてそれを実際にやってのけるわけです。つまり「やっていい人殺し」と「やらない人殺し」を、自分たちに都合のいい理屈で使い分けているにすぎません。

だったらこっちも、「何が正しいのか」ということに関する答えは、自分の心の中で出すしかないと思うのです。

それで、何の話でしたっけ。

「どうしたら良いんでしょうか?」ということでしたね。

あなたは自由です。
自分で決めてください。

それでは、またね。

ぷいっ。







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