今井町公民館 ー「ミチコオノ日記」読者集会所ー

旧称:「ミチコオノ日記」読者日記もしくは私的ファンサイト

第17話 第一印象と感想(ナギ)

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筋肉少女帯「生きてあげようかな」1992年








次に飛行機を見たら





少女は死のうと決めた





失恋だとか





通俗な理由





好きな本の間に





カミソリ隠し街へ





空は暮れかけ





飛行機は無く





浮かぶのはイメージ





枯れてくポプラ





沈んだデコイ





悲観的な映画





似てない似顔絵





死んだピアニストの





未完成の曲





代わりに私が





生きてあげようかな














































浮かぶのはイメージ





落ちたヘリコプター





狂った時計





くだらない友達





救えない神様





横抱きのまま





売られた子供





代わりに私が





生きてあげようかな








(語り)





思いとどまった少女だがしかし





彼女の恋するやさ男は





理由あってすでに天国にいた





ひねもす男は





下界の少女を見守っていたのだ





空の上からは少女の頭しか見えない





いいお天気だからもう少し生きてみようと





彼女が天をあおぐその時だけ





瞳を見ることができるのだ





だからなるだけ上を向いてお歩きなさい





それから





あまり甘い物ばかり食べ過ぎぬように










もうすぐ月が出たら





家へ戻ろうと決めた





少女の上を





いま飛行機が





静かに横切った































歌詞中に出てくる「狂った時計」という言葉は、差別表現です。ここでは原詞をそのまま転載しました。


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教室の窓から虹を眺める土さんの2枚の絵は、「ミチコオノ日記」の作中では決して土さんが「死ぬことを考えている描写」ではなかったと思う。だからあの歌詞に合わせてあの絵を使うことは、とんでもない原作の破壊につながることなのではないかとも一方では思う。しかし実際問題として私があの冒頭の絵を見た瞬間に自分の頭の中に回り出し、17話を読み終わってもずっと頭の中に流れ続けていたのは、この曲だった。そして、予告編で地面に耳をくっつけた土さんの絵を見た時からずっと筋肉少女帯の歌が頭の中に流れていたのは、少なくとも私自身にとっては理由のあることだったのだと、納得した。

nagi1995.hatenablog.com

だから、私にとってはこれが17話を読み終えた上での「第一印象と感想」ということになる。そしてヨシさんみたいな言葉が全然出てこない自分自身に対し、つくづく自分は人のフンドシでしか相撲の取れない人間だと思ったり、同じ作品の感じ方には本当にいろいろあるものだと思ったり、いろんなことを考えている。

「ヨシさんみたいな言葉」というのは、換言するなら「作者の人にまっすぐ向けた言葉」ということになるのかな。

それにつけても、「ミチコオノ日記」の本編からも、それに対する私の感想からも、どんどん「言葉の量」が減ってきている。それはそれで「いいこと」だとは思うのだけど、13話や14話で聞かせてもらえたようなあの作者の人にしか絶対書けない「言画一致体」のリリカルな言葉を、どこかでまたもっと読ませてもらいたいと個人的には思っている次第です。

あと、私は「ミチコオノ日記」は全世界の人たちに向けて開かれた作品であるべきだと思っているから、最後の個人宛のメッセージは、なかった方が良かったと思ってますよ。

もちろん、うれしかったのですけどね。

ではまたいずれ。








(全て作者 学生時代の作品です)

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