今井町公民館 ー「ミチコオノ日記」読者集会所ー

旧称:「ミチコオノ日記」読者日記もしくは私的ファンサイト

中で横を向く/醜さは美しさと同じくらいヒトの目を惹く

はじめまして、山猫です。

加齢のため、文字が小さいと読むのにも書くのにも労力がいるので、勝手にポイントを大きくしています。

当ブログの執筆メンバーに加えていただき、ありがとうございます。

読者のみなさま、メンバーの方々、どうぞよろしくお願いします

 

簡単に自己紹介をいたします。

『森の奥へ』というブログを書いています。山猫と申します。

たぶん男性で、神戸在住かもしれません。

年齢は猫界では超長寿です。

街での生活が長くなりましたが、そろそろ故郷の森に帰ろうかと支度を始めているところです。

そんなとき、Nagi (id:Nagi1995)さんに声を掛けられ、尻尾を振ってここまでついてきてしまいました。

がんばらない、気が向いたらやる」が座右の銘です。

後段部分は、つい最近ミチコさんからいただきました。

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第17話公開直前の時期にいただいたコメントです。

大作を描ききるために大変な労力とストレスがかかっていることが、このコメントからうかがえる気がします。

山猫はブログの更新はのんびりですが、twitterで写真やブログ巡りの感想などを日々投稿しています。

初めてミチコさんに出会った日、山猫は感想をこうツイートしました。

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山猫はとても涙もろくて、すぐに泣きます、鳴きます。

その翌日のこと

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の2作品に出会って、山猫のブログ世界の中でのミチコさんの位置づけが決まりました。

当時、と言ってもほんの2ヶ月ほど前のことですが、「ミチコオノ日記」の登録読者数はまだ少数でした。

こんなに素晴らしい作品、作者がいることを広く世に伝えないといけない、私にはこのヒトの行く末を見守る義務がある、とも思いました。

 

ですが、その割りにミチコさんのことはよく知りません。

ほかのメンバーの方のほうがはるかによくご存知だと思いますが、山猫が極秘に入手した情報を以下にご紹介します。

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山猫の記事にミチコさんからいただいたコメントの引用です。

Kとは、山猫の次男です。別名、猫次郎と言います。あ、そんなことはどうでもよかったですね(^^;

で、このコメントのやり取りの続きで、ミチコさんはNagiさん (id:Nagi1995)から

「…同い年のはずやないか。何が問題やねん。」

と指摘されています。

そういうことで、ミチコさんは中3だそうです。

Nagi (id:Nagi1995)さん、これであってますよね?

 

そして、

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ちょっと大柄な体型をした女性でプロ野球経験もおありのようです。

この3点、ミチコ像をイメージするのに少しでもお役に立てたなら幸いです。

 

 

ところで、 

fukaumimixschool.hatenablog.com

11月29日のミチコさんの記事「中で横を向く」です。

このときすでに、当ブログの共同執筆の企画が始まっていました。

中で横を向く、という意味がさっぱり分からず、どうコメントしようか悩みましたが、ここで存在をアピールしておかないとこのまま執筆メンバーから2軍落ちの宣告も、、、と思い、勇気を奮ってコメントしました。

ミチコさん、こんばんは。

黒い壁、印象的です。

でも、たぶん、壁を印象的に見えるよう位置付けしているのは、ミチコさんですね。

山猫の足首にも火傷の痕があります。

幼い頃にあんかで焼いたそうです。

記憶は少しも残っていません。

S先生の目は、痛みに吸い寄せられたのではないかな、とも思いました。 

 そして、

傷跡というのは美しさと同じくらい人の目を惹き、印象に残りますね。

あれ?

なんかこれ、イメージ湧きそう。

と続けました。

すると、ミチコさんはこんなコメントを山猫に返してくださいました。

山猫さん

行きましょう

今がその時です

待ってくんないですよ

閃きは

 と。

 

で、そのミチコさんの囁きに押されて今回の記事を書くことにしました。

 

傷跡、これは醜を象徴しています。

その対極にあるのが美。

決して見飽きることがないほどの美しさと、決して見慣れることがないほどの醜さ。

この美と醜とは両極端にありますが、正反対ではありません。

日常にはありえないもの、出会うことがないもの、という意味ではこの二つは同じだけ人の目を惹く力を持っています。

こうした意味からすれば、美と醜とは同格です。

ヒトはいつもと違うものや変化に対して鈍感だと生きづらさを味わいます。

違うことに素早く敏感に気づいて、時としては相手を助けたり褒め称えたり、相手を排除したり身を守る行動をとったりすることも必要になってきます。

美しいもの、醜いものを見たときに心の裡に生じる感情は、おそらく均一ではありません。

美しいものに触れて畏れを感じるヒトがいれば、醜いものを見て慈しみを感じるヒトもいるでしょう。

心に沸き起こるその感情は、そのヒトのそれまでの生き方に由来するものだと思います

痛み、怖れ、畏れ、憎しみ、吐き気、怒り、悲しみ、嫉妬、慈しみ、愛、、、

 

山猫がミチコさんの作品に感じるのは、こうした感情です。

それらが果たして美に接して得られたものか醜を見て得られたものか、そのどちらにしても強く読者の目を惹くことは間違いはないと思います。

そして、どのような感情が沸き起こるのか、ご自身で感じていただければ幸いです。

 

 

 

 

 

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