今井町公民館 ー「ミチコオノ日記」読者集会所ー

旧称:「ミチコオノ日記」読者日記もしくは私的ファンサイト

ごめんください。

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(まだよく知らないかたもいるのです。性別も容姿もまるっきりイメージですのでご容赦ください。それぞれゆっくりと知り合えていけたらなによりです。というか明読斎さんこれでいいのか?これバタービーンじゃないの???)

 

 ごめんください。
 こちらナマけものでございます。

 

 まずご挨拶が遅れましたことをお詫びいたします。

 わたしは今まで、野良で「ミチコオノ日記ファン」をやっていましたが、この度、この公民館に出入りすることになりました。みなさんどうかなかよくしてください。

 

 さてNagiさんは「自分ちだと思って、」と言ってくださったのですが、やはりまだまだ借りてきた猫感は否めないものです。ここにきて一体何を話せばいいのか、皆目見当も付きません。ですが、結局はわたしはわたしのことしか話せませんので、ここはひとつ、つまらないかもしれませんが、わたしがミチコオノさんファンになったいきさつを話したいと思います。

 

 わたしがブログをはじめた切っ掛けとしては、現実生活にちょっとした解決し難い問題を抱えていたこと。それに伴いなんだか頭の中が整理しにくくなってきたことの、解決方法、・・とはいかずとも頭の整理をするために、わたしは文章を書く習慣がありました。

 それまでは、それをただテキストデータとして、自分のパソコンに思いの丈を綴ったり、小説めいたものを書いたりして、まあいわゆるストレス解消としていました。ところがどういう心境の変化がだったか、去年の夏頃、ネットワークに乗せてみようと思い立ったのでした。

 

 とはいえ、はじめの数ヶ月は自分だけのための日記としてただ綴っていたので、書きたいときに「記事を書く」のところをポチッと押して、書き、後でろくに見直しも推敲もせず、星や通知も気づかず(メールの通知でさえ仕事以外はほとんど放置するほとの不精者なので)、そもそも公開設定さえも、パブリック(デフォルトがそうだったのかな?)になっていたことすら知らなかったほどの体たらくでした。

 

 それで、なにやらひとが見てくれているということに気づいたのはかなり遅くなってしまったのですが、ひとたびそれがわかると、他のひとのブログが気になってくるのにも時間はかかりませんでした。

 そこで、はてなブログの性能を試したり、面白い文章を書くひとを登録していたりして、遊びながら、ようやくこのブログという広がりをなんとなく理解してきた折りに、「こんなブログもあります」のという覧をぼんやりと眺めていたら、なにやら仏頂面で鉛筆を持ったひとのアイコンが目につき、何の気なしにポチッとしてみたのでした。

 

 それからいきなりです。そこには画面いっぱいにミチコオノさんの世界が広がっていました。わかりますよね、いきなりです。アバンギャルド。それが第一印象でした。正直はじめ、物語の内容はさっぱりわかりませんでした。それでもわたしも少しだけ絵を書きますし、スマホはもっていませんがデジタルの世界にはかれこれ二十年以上はいるので、これがどういう類いのものなのかはわかりました。

 つまり、「どういう類いのものにも当てはまらない」ということがです。

 

 これはウェブに載せるような熱量ではないぞ。そうもおもいました。

 それまでのわたしははっきりいって、インターネットというものをすこしばかにしていました。ただ検索に便利なだけで(まあそこは十分過ぎるくらいすごいことですが)、瞬発的なお笑いネタか、お金儲けか、自己啓発的なものか、でなければ誹謗中傷の巣窟で、ほんとうに得られるものなんてものは、ほとんど無いとさえおもっていました。

 

 だからこそ、ミチコオノさんの熱量には圧倒されるものがありました。それに奇妙なことに、こうも思いました。

 「ブラウザを通してこの作品群をみているわたし、このわたしの姿を、誰かに知られたくない。」そう思ったのです。

 

 それがどういう類いの感情かはわかっていました。わたしは意外と複雑な性格をもっている部分があることを自覚しています。そのなかに、「自分の本当に気に入ったものは、だれにも知られたくない」という感情があるのです。

 たぶん単純に恥ずかしいのでしょう。自分が激しく良い!と思っている事柄が、他の誰かにとって、なんの感情も動かさないものだったり、否定の対象にされたりすることを想定するだけでも、なんだか恥ずかしくなるのでしょう。

 

 だから、はじめての「ミチコオノ日記」の体験はといいますと、わたしはすかさず「読書登録」を済ませ、すぐにブラウザを閉じ、誰にもみられることのない空間で、ひとりひっそりゆっくりと鑑賞しようと思ったのです。

 

 ところがそのすぐ後(そう記憶していますが)、にミチコオノさん本人からコメントが届いたのです。それで、その時わたしは、すっかりキンチョーしてしまっていたので、氏がすごいものを描いているとわかっていながら、極力抑えた、乾いたコメントで返信してしまいました。

 

 そのことを後悔していないといえば嘘になりますが、それから数回交わしたミチコオノさんとの会話を通じて、おやおやこれは本気の言葉をぶつけていかなければならないぞ、と次第に思い直し、あれほどばかにしていたインターネッツとの関わりというものさえ、改めて見直す切っ掛けになったとおもえば、やはりひとかたならぬ氏への感謝を、ひたすらに痛み入るばかりではあります。

 

 わたしがミチコオノさんと交わした会話といえば、とても少ないものです。というのも、それからしばらくして、ーーこれは後で知ったことなのですが、氏はこのウェブ空間からしばらく休養というかたちを取ることになったからなのです。
 それで、そのことを知らなかったわたしは、それについてのちょっとした日記を綴りました。
   ↓
 

flightsloth.hatenablog.com

 

 これはわたしが体験したこのウェブ空間での出来事を、ただ単に「ミチコオノ」という人物像をミステリー的に追いかけて、というよりも興味本位に解釈していたに過ぎません。後になって知ったこの公民館のことも、読者登録はすれこそ、ミチコオノさん本人をそこまで追いかけることはあまりしませんでした。

 もしかしたら抗っていたのかもしれません。心を振るわせるものは怖くもありますから。それでも、この公民館のかたたちをはじめ、様々なひとたちとのそれぞれの交流をコメント欄などでみつけ、その残像を追いかけていくにつれ、すっかりファンになってしまことは、もう言わずもがなですね。

 

 以来わたしは、時間が空いたときなどにはそっと、あたかも誰にも打ち明けていない秘密の小箱にしまったものを覗き込むように、時々「ミチコオノ日記」を開き、垣間見える色とりどりの群像劇を、よりいっそうの心の糧として、何度となく眺めたりしていくのでした。

 

 この度、「第18話」が更新され、これはもう、ここに訪れるほとんどひとが周知していることなので、多くを語りませんが、つい先日に、臆面も無くその喜びをわたしは自分の空間を借りて再び綴りました。いまではすっかりファンになっているので、ミチコオノさんに対するミステリー要素というわけではなく、それはたんなるファンレターとなっていましたが。
   ↓

flightsloth.hatenablog.com

 

 そして、これを機会にして、わたしこと「ナマけもの」は晴れて野良ファンから、この公民館に入居することを許されたのでした。あとのことはトップページの「憩いの巣箱」に残っていますのでこれ以上語ることもないですね。

 
 と、ここまで書いた「わたしのミチコオノさんとの出会い」。ようやく氏が戻ってこられたにも関わらず、なんだか居なくなったひとを偲ぶ言葉みたいになってしまったようで、なんとなくもやもやしてきましたけれど、わたしがそんなつもりで書いたわけではないということは、ご理解とご容赦ください。

 

 それでも、遅れてきたわたしとしては、過去ログたちの様々な残像からのあらましを、想像で補填するしかできず、やはり“今”という現実感を獲得させるためには、こうしてわたし自身の経緯を語るほかに、わたしがこの公民館に自由に出入りさせていただくための、気持ちのうえでの“入居書”を手にいれる術はなかったとおもいます。

 

 そして同時に、様々なひとのコメント欄でみかけたミチコオノさんの残像、そのユーモア、あるいはそのやり取り自体が、もはやもの凄い高度な芸術作品として、記録されていることをわたしは知っています。

 

 そういう面でいえば、「ミチコオノ日記」でしか氏の作品に触れることはできない今、もちろんそれで十分だともおもいますが、身勝手なことをいえば、以前のように広くネットワークの海に染みこんだ氏の、ライブ感ある言葉のやり取りの、その全てを踏まえたもの。それすらも、ひとつの優れた作品なのだと確信しているわたしにとっては、やはり、様々なひとたちのコメント欄に登場する氏の、とびきりハイセンスな、人々を巻き込んだある種のインスタントレーションというものも、ひとり密かに望んでしまうわけです。

 

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 (↑これが「ミチコオノ日記」の再開を喜ぶみなさんにたいしての本人からのアンサーです。超うれしー)

 

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 (↑で、これははじめて交わしたわたしとミチコオノさんとの会話です。まさか上記のアンサーを受けたわたしのほうが先に“うれしょん”を漏らすとは、この時は思ってもみなかったわけです。この時、会話の最後のミチコオノさんのユーモアに再度返答しかったのですが、面倒くさがられると悲しいので、わたしスルーしてしまいました。ほんとうは「暗証番号は追ってお知らせします。お膳の上のみかんはどうぞ召し上がってください」と入力したのですが、恥ずかしいのでやっぱり止めました。結構引っ込み思案なんです。わたし。)


 あ、それから、話は変わりますが、数年前の年末に、友だちの音楽イベントをいってきたときに、あまり知っているひとがいなかったので、けっこう憂鬱だったのですが、クリスマスシーズンだったこともあり、酔った勢いで、トナカイのかぶりものをして行ったのですね。

 そうしたら、知らないひとからもすごく好意的な目でみられて、「ぜったい愉快なひとじゃんか」なんてささやかれたりして、なかなか気分が良いものでした。

 その時に、なんだ恥ずかしかったらなにかかぶり物をすればいいのだなと思いました。そうだなぁ。いまのわたしの気分としては、うさ耳とピエロの鼻なんてどうだろうか。

 

 ミチコオノさんがどういう意図で、コメント欄での作品づくりを控えているかは知りません。詮索するつもりもけしかけるつもりもありません。常に変化し続けることはアーティストの本懐なのだろうとも感じます。それに今まさにご自分のブログで優れた作品を提供(しかも無償で!)し続けてくれ、存在証明を示してくれるのなら、絵でも文章なんでもわたしにはうれしいのです。

 

 けれどもしかして、もしかしてですが、ただ単純に、少し休んだので顔をみせるのが気恥ずかしくなってしまったという可能性も、ないわけではないと思ったりもします。わたしもぜんそくでしばらく学校を休んでいた経験がありますので、通常の授業に顔を出したときの、あのえも言われぬ気恥ずかしさというものも知っています。

 だから、もしそうであるならば、わたしの元来の軽さと気安さをもって、「いいからこっちおいでよー、いっしょに遊ぼうぜー」と大きく手招きしてみたい気持ちが、大いにあるのです。キシシ。

 

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 結局またしてもファンレターのようになってしまいました。
 改めて、みなさまこれからよろしくおねがいいたします。

 ではまた。

 

追記:ほんとうにごめんなさい。山猫さんをいれるの忘れていました。山猫さん用のネコかいてたら、後ろ姿のほうがいいかなって描き直してて、そうしたら、ジェーンさんのネコ描かなきゃ、っておもいついてしまい。そうしたらすっかりわすれてました。(←言い分け)

描き直しました。ごめんなさい。それでもなかよくしてください。

 

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