今井町公民館 ー「ミチコオノ日記」読者集会所ー

旧称:「ミチコオノ日記」読者日記もしくは私的ファンサイト

「歩けばいい」原作開発プロジェクト優秀賞受賞企画#なまケモノ

 高岡ヨシさん優秀賞受賞おめでとうございます

 遅ればせながら、わたしも音楽のリンクをプレゼントさせていただきます。

 

 もちろん作品は読みましたが、わたしが感想や批評を述べるまでもなく、とてもすばらしい作品なので、多くのひとたちに読まれることを願うばかりです。

 

 ただ、わたしごとですが似たような経験、とまではいきませんけれど、思い出のなかで重なる記憶を、この「歩けばいい」によって呼び覚まされたことはとても幸運でした。その思い出を少し話させていただきます。

 

 わたしにはNという友人がいました。彼はDJをやっていました。当時のわたしはクラブなどでオーガナイズをやっていて、その兼ね合いで彼とは夜な夜な街に繰り出し、呑み明かしていたものです。

 彼はとてもオープンマインドな正確で、とても音楽がすきで、大酒飲みでした。ですがクラブなどにたむろしている他の連中とは違い、女の子に話しかけることが苦手で、とても奥手な側面もありました。

 

 「なんでナマけものさんはNさんとつるんでいるんですか?」ある時、後輩にそんなことを訊ねられたことがあります。なぜ?と質問の意図がわからなかったわたしが質問で返すと、「だってNさん面白くないじゃないですか」といいました。記憶の限りでは、だからどうしただとか、だからなんだだとか、そういった類いの月並みな言葉を返したとおもいます。友だちをそういう尺度で選んでいる後輩を哀れだと感じて、少しだけ憤慨もしました。

 

 ある日、朝まで遊び明かし、へべれけになったわたしたちは、横浜元町から歩いて帰ったことがあります。もちろん道中の会話の内容は憶えてはいません。おそらく音楽だとか将来の話をろれつの回らないお互いの舌できれぎれと語りながら、とぼとぼ歩いていたのだとおもいます。

 

 すごく寒い朝でしたがそんなことも気にならないくらいにわたしたちは酔っ払っていました。するとNが急に声のトーンを変えて、「おれ、中学のときにいじめられたいたことがあるんだよね、」と切り出しました。

 とても狭い街での同級生だったので、わたしはそういうことをなんとなくですが、知らないわけでもありませんでした。その時わたしがどういうふうに言葉をかけたのかは思い出せません。たぶん、だからどうした、だとか、気にするなだとか、同じく月並みな言葉を返したのでしょう。

 ところがNは、酒の力も助け、感極まったようで、ついには泣き出したのです。それから「でもいまはとても楽しい!」と震える声でいったのでした。

 

 それから、個人的な事情により、彼とは疎遠になりました。

 そうして何年か後になって、街でばったりあいました。花火大会の夜でした。雑踏と喧騒をはなれたところで少しだけ話しました。まだDJを続けていること。いまは自分のイベントをやっていること。お互いの近況を報告しあいました。「それならNくんのイベントおれも手伝うよ、むかしみたいにあんまりひとは呼べないけどさ。」わたしがそういうと、Nはむかしと少しも変わりのない屈託のない、満面の笑顔で答えたのでした。

 別れ際、彼は何度も手を振り、人目もはばからずに「やー、これからまた、たのしくなるぞー!」と大声で叫びました。わたしはその姿に苦笑し、相変わらずの酔っ払いだなぁ、と呟きました。

 

 それがわたしにとっては、Nの最後の姿になりました。

 それから数日後、彼の訃報が届きました。詳しいことはしりませんが、仕事中に彼の心臓は突然バクハツしたとのことでした。葬式には沢山のひとが訪れていました。

 

 あの時、横浜からの帰り道、Nと話した会話は思い出せません。けれど彼の最後にみたあの楽しそうな姿をみれたことは、わたしにとってはとても良かった出来事だとはおもいます。あのNとひたすら歩いた帰り道と、いまが地続きになって繫がっていることは信じて疑いません。

 なにをどう話したかは思い出せませんが、大人になったいまならば、少しはキザなセリフのひとつもいえたのではないかともおもいます。クレイジーなケンさんとまではいかなくとも。

 

 改めて、ヨシさんおめでとうございます。

 


生きる。/CKB

 コーラスにハナダに似ているひともいます。

 

 

歩けばいい

歩けばいい

 

 

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